ボチボチ歩こう

その日その日、思ったことや、
いろいろ書いてます。

ボチボチ生きてますので
良かったら寄って行ってください

続き

犬が15歳になった時、

歩くのが困難になり出したと父から聞いた


大型犬て゛

15年生きるのは100歳近いらしい、


病院にいくと、

足が一箇所膿んできていた、


そしてその場所から

虫がきてうじがわいてしまっていた、


私は家から

実家に通い、

うじをとったり

寝たきりで床ずれができないように

したりオムツを替えたり

出来ることはしていたけと゛


往復2時間に

介護に帰ってから小さな子供らの

世話や家事で一週間で疲れた


世の中の人間の介護させてる方の

苦労が大変なんだろうなと感じた。


父にも13年犬の世話を任せてしまい、

これ以上、歳行った父に介護をさせてるのは悪いと思ってしまったし、


父から

犬か夜になると

ずっと鳴いてるときいて

うじに肉を食べられてる痛さなんだろうかなと思い



病院から

うじが皮膚に卵を産んでるからうじを取っても取っても出てきますと父が聞いて居たからこのまま

うじが増えて

犬の体が生きたままむしばまわれるのは耐え難いし、

生きても長くないとわかっていたから

麻酔のように眠れる

安楽死のことを聞いて知っていたので、

父に提案して

そうすることにした、


その前に病院に入院させていた時に、

私がみにいくと、

狭いゲージに入れられて


ご飯も食べなかったらしいけど私がいくと手からご飯を食べて病院の

人が驚いていた。


家に返して、

安楽死が決まった日の朝に

行き

父と病院に連れて行った、


それまでもたくさん話しかけてお礼も言って、

病院の部屋には一緒に入れなかった、


父と待合室にいて

病院の先生が

体にはうじが1匹しかいませんでしたと

言われた。

朝に水でたくさん流していたからだ。


父と火葬場に連れて行った。


何年かして、

違う病院に

うじがわいた時の対処法を聞いてみたら

その時は石灰を入れて、、

みたいな方法があると言われた。


江原啓之さんの本にも、

動物は安楽死より

自然に死なせた方が良いと本に書いてあり、


16年待ってた犬の話聞いたり、


犬は人の話をきいて

景色思い浮かべることが出来ると

知って、安楽死される前も、

わかってたのかもしれないと

思い、


後悔を今でもしている、


あの時家には4匹の犬がいて

引き取らなかったし、

それでも

何かもっとできたはずだと、


13年も待ってくれてのに、

私はたった一週間で

犬の最後を決めてしまった後悔。


引き取って

一緒の時間を過ごせば良かったとか、


その時は一軒家に住んでいたから


後から知れば知るほど、

自分の身勝手さを

悔やむ。


犬は純粋だから

短くて二ヶ月、

長くて2年で成仏するらしい


ならばもうしてるはずだ、


今度の8月12日はなくなって10年目の命日だ。


お経をあげて

謝ろう、


ずっと待ってくれてたのに、

最後は酷いことしたこと、

私の状況を理解してくれたかもたけど、

犬に会えて幸せたったことや

感謝してることを

伝えよう


動物にもお経あげれるから

してて良かったと思う。


今でも可愛い

エルの姿が浮かびます、


私の冷蔵庫に

エルの写真貼ってますから。


ありがとう

エル。


あなたを忘れないよ、


私がいつかあの世に行ったときに会おうね


読んでくださり

ありがとうございました

後悔しても遅いこと

私は小さい頃より犬が大好きで、

田舎に住んでいたから

番犬が必要な家でもあり、

犬と共に生きてきた。


私は20歳で銀行に入り、

激務で疲れ果てている時、

22歳以降だったと思うけど、


ゴールデンレトリバーが流行り、

流行りとか好きてはないけど、

洋犬を飼ったことがなくて

大型犬に憧れていたから


その時で20万したメスのゴールデンレトリバーの子犬ペットショップで買った。


10万は父が出して

残りは私が働いたお金で買った、


子犬の時より可愛くて可愛くて

私の部屋に入れて育て一緒に寝て、

大きくなり部屋の隣が車庫だったので

そこに犬小屋を作ってもらい

部屋の隣にいつもいた


銀行で疲れても

犬がいて癒されて

本当に幸せだった。


2年くらいはいたかな、


私は結婚か決まり家を出て行くことになった。


マンショに住むので連れて行けなかった。


犬からしたら

突然私が帰ってこなくなって、

寂しい思いをさせてたと思う。


実家に帰った時は

大喜びで私に尻尾を振って

散歩に行くまで泣き続けるので

一緒に散歩にいくと

鳴くのが落ち着いた。


子供が出来て

実家にいくと

実家に行った時くらい休みたいとか

思い


泣き続ける犬をうっとおしく思ったこともあったけど、

散歩を一緒にして話して帰っていた。


私が家を出てから

父が朝夕の散歩に行っていたけど、

父は腰が悪くて何年距離が短くなっていた。


父に犬の世話を押し付けてしまったけど父にとっては歩くことは良かったと思う。


父も自営の仕事をしてるから

多忙で

犬は大きな車庫に1匹長い時間いて、

朝夕の短い散歩を楽しみに

13年も私を待っていたのだと思う、


そのことがわかったのは、

ある犬が

駅に16年も通い、

いなくなったご主人を待ち続ける話を

聞いた時、

実家の犬もそうだったのではないかと

思った、


私は結婚して、

新しい土地で子供を産んで

生きるのが一杯で

実家の犬のことは

帰った時は可愛がっていたけど、

犬がずっと待ってる気持ちに気がつかなかった、


どんなに寂しかったのだろう、

銀行にいた時は癒してもらい

一緒に楽しく生活してたのに、

自分の勝手さに嫌気がさすのに

気がつくのが後悔した後だった。


続く

お経の力

ある人の体験談聞いた、


24歳で精神分裂病になり、今で言う統合失調症。

精神病院に何度も入院していた。


手足を縛られ、痺れて

片足か歩きにくくなったり、

鉄格子みたいなところに入っていた。


家に帰った時に自殺未遂をして

救急車で運ばれた、

命を取り留めて親に親より

先に亡くなってはいけないと

言われた


28歳の時に、

お経を教えてもらい

病院でも許可をもらい

あげていた。


少しずつ少しずつたけど、

入院することが

減っていった。


結婚相手が出来て、

病気のことや、先祖供養のお経あげてることを話して理解してもらい

結婚することになったが、


子宮筋腫に四回もなり

子宮を取らないといけない手術の時に、みなさんがお経を送ってくれて医者に

手術後に子宮を残せたと言われて奇跡だと思った。


子供が出来て、名前をつけ、

自分も幸せで、親になって初めて親の気持ちがわかった。


子供の顔をみて、

幸せそうに笑ってる両親の顔をみると

嬉しくなる、


もし、

お経をあげてなかったら

あのまま病気のまま一生苦しんで、

親にも心配をかける人生でなくて


自分でも親になれて

両親を喜ばすことができて

幸せである


自分のように苦しんでる人達を

助ける教えの、

この先祖供養

を伝えていきたいと

話をされていました


やっぱり

私のさせてもらってる

お経はすごいんだやと

改めて思いました。


私自身も体験ありますし。


今日もお礼のお経あげさせてもらいましょう。


今日久しぶりに

家でダラダラしました。